どらや記

どらやきはつぶあんが吉。

あとがきに替えて

 上海へ九日間の語学研修に行って来た。午前中は授業を受け、午後からは現地の学生と遊びに行った。無論会話は中国語である。尤も楽しかった所は上海書城である。これは日本で言う紀伊国屋ビルみたいな物である。書城もそうだが、中国は何かにつけて城にしたがる様である。家具城なんぞも有った。これは結構好いと思った。新宿のあれも紀伊国書城などとすれば、余程恰好良いと思う。また、場所が中国なので当然だが、漢籍の在庫が日本を遥かに凌駕してゐた。少しく漢文をかじっている私にとって面白く無い筈が無い。あと、最近話題の知日も購入した。

 名所の中で尤も印象に残ったのが、今回書いた豫園である。豫園は日本人のみで行った。かなり好かった。

 豫園に行った日の夕刻に、研修に参加した日本人の略全員で雑技を見た。作中に描かれているのは公演のほんの前半部分である。確かに可なり好かったが、少しいらぬ考え事をして了つた。それがこの文の縁起でもあるのだが。

 あと、これは作品とは全く関係が無いが、研修中に幾人か友人が出来た。二三人とは帰国後も連絡を取っているが、中でも高松と言う現代文学専攻の博士二年の学生と仲良くなった。彼とは大体ずっと一緒にいて、漢詩の話なんぞをした。いくつか唐詩を中国語で諳んじてみせると、大層盛り上がった。彼は可なり優秀な学生だった。同様に彼と交際している、博士二年で近代文学専攻の田さんにも大層お世話になった。

 研修の打ち上げの際、私は彼等に「発華亭」と題して七律を送った。

 

 河上葱葱新柳垂

 宵分東客苦別離

 紅顔玉質充筵上

 美酒珍羞映綺帳

 値勝千金春夜宴

 流凌銀箭至歓時

 朋儔莫謂滄波隔

 看白雲生豈相思

 

 その際、高松は大いに感じたるさまにて「看白雲生亦思君」だったか忘れたが、そんな感じの事を言ってくれた。即興で返されるとは全く思っていなかったので、これには大層感じた。

 あと、文学の話等で中国の学生との会話に窮した時、また処々で少し浮かんだ句を書き留めたりするのに、明眸転じて霓となる、とある知己が現地で私にくれた小さなメモ帳を使用した。作中の写生帖とは、まさに此れのことである。本当に重宝した。否、今尚重宝している。本当にありがたい。