どらや記

どらやきはつぶあんが吉。

観光的に学ぶこと

先日、山西省に住んでいる友人の家へ1週間弱おじゃましてきた。客をもてなすこと自体たいへんなことなのに、くわえて、ぼくが初日から食あたりか何かによって2日ほどしたたかにお腹を壊してしまい、たいへん迷惑をかけてしまった。とはいえ、その間なにやらなぞの液状の漢方をいただいたり、友人のおじいさんとひまわりの種を食べながらのんびり抗日ドラマ(※1)をみたりするなど、不思議で有意義な時間をすごさせてもらった。それ以後の日程も含めて、ほんとうに感謝している。

 

こういった話は、しばしば留学中における「充実した」体験談のひとつとして語られることになるだろうし、実際に、少し調べればこの手の「充実した」話なんていくらでも読むことができる。大学もまた、留学を考えている人に「先輩の体験談」を読むように促してくる。

 

しかし、留学先からさらに観光へ出かけるという体験のなかでぼくが強く感じたのは、充実感でも成長でもなく、むしろ観光(客)のある種の限界であり、それは同時に交換留学(生)の本質的な限界でもあるということだった。端的にいうなら、それはつまり、観光客および留学生は、現地人(つまり村人)にはなれないということだ。

 

当然、それはぼくが友人一家のもてなしに満足がいかなかったからとかいう理由では全くないし、むしろ逆である。彼らはぼくが想像もしていなかったくらいにねんごろにもてなしてくれたし、帰るときにはお土産もたくさん持たせてくれた。その上、常々ここを自分の家だと思いなさいとか、今後友人が留守の時でも泊まりに来ていいとかいってくれた。

 

その言葉どおり、ぼくは観光へ来たにしてはかなり「アットホーム」なひとときを過ごすことができた。(へんな話だが、他人の家のトイレをあれほど存分に利用したのは冗談抜きで人生初だったし、またこれが最後であることを強く望んでいる)

 

しかし/だからこそ、ぼくはあの時自分が村人ではなく観光客なのだと痛切に自覚せざるをえなかった。なぜなら、ぼくの「アットホーム」なひとときは、いわばねんごろな準備の末に演出されたものであり、その準備こそがほかでもなくアットホームな村人=現地人のいとなみであるからだ。そして、ぼくたちは観光客である限りその準備に関わることはできない。よしんば準備らしきものに携わったとしても、その背後には、観光客のあずかり知らぬ準備の準備(あるいは準備の準備の準備の……準備)が行われていることだろう(※2)。

 

たとえいくら「アットホーム」な空間/瞬間に身をおこうとも、観光(客)は決して村人にはなれない(そして、あえていえば根無し草の旅人でもない)というこの関係性の限界は、さきほどちらりと言及したように、そのまま交換留学(生)の本質にもあてはまる。

 

数か月前に書いた「交換留学の本質」という記事を思い出してほしい(読んでいなかったら、そういうものがあるのかと認識してくれればそれでよい)。そこでいったのは、べつに勉強をしろだとか、友達をつくれだとかそういった話ではなく、むしろ、そもそも交換留学とは目的も「本質」もなんだかよく分からない宙吊りの経験であり、なおかつ海外を志向しつつも、もとある拠点(≒大学)は捨てきれないという奇妙な両義性をはらんだものであるということ、逆にいえば、この宙吊りの感覚や奇妙な両義性こそが交換留学の本質なのだということだった。

 

さきほどいった、観光客は村人にはなれない(そして、拠点のない旅人でもない)という関係性は、じつは2つの本質のうちの後者である奇妙な両義性をいい換えたものにほかならない。つまり、滞在先とは別に帰る場所を持つ観光客が滞在先の村人になれないように、1年や半年程度の交換留学生は、どう頑張っても決して現地の学生や学部の留学生にはなれないのだ。

 

たとえば、ぼくはいま北京大学で主に中文科の授業に出ており、学部生のように課題をこなしたり試験を受けたりしている(量は少なめかもしれないが)。ほかにも漢文の勉強会に参加したり、漢詩の朗詠会(なんかすごい字面だ!)に参加したりもした。そうして少しは友人もできたし、それらをネタにして「ぼくめっちゃ頑張った!」とか「もう充実しすぎィwww」みたいな話を展開することも可能かもしれない。(ぶっちゃけそれほど充実しているとは思っていないが)

 

しかし、ぼくは中文科の学生たちが、みんな入学時に配られる中文のシャツを持っていることを知っている(※3)。昨年秋に入学した友人たちは、「百年中文」と書かれたやたらにかっこいいシャツを持っている。そして当然ぼくはもっていない。中文科に所属していないからだ。

 

べつに、ぼくもかっこいいシャツが欲しいとかそういう話ではない。ただ、留学当初にそのことを知ったとき、ここでは学生証なんかではなく、そのシャツこそが村人の証としてきわめて象徴的に機能していることに気づき、またそれゆえに学生証(滞在許可証?)しかもっていないぼくは決して村人にはなれないということ、この限界にいささかむなしさを感じたのだ。(たとえなんらかの方法でぼくがそのかっこいいシャツを手に入れたとしても、むろん、それはもはや村人の証でもなんでもない)

 

その限界やむなしさを乗り越えるには、当然の論理的帰結として、ぼくも村人になるということ以外に選択肢はない。それはつまり、さっさと早稲田を退学して試験勉強をし、北京大学の正規の留学生のための試験に合格するということを意味している。しかし、「交換留学の本質」の中でもいった通り、やっぱりそうはできないというのも本心だし、結局日本でまた勉強することになるだろう。

 

たとえどれだけ「充実」していようとも、どれだけ現地人の中に「溶け込んで」いようとも、交換留学とはつねに学部生ではないこと、さらにいえば、現地(人)へ接近しつつも、それにはなれない/ならないことという両義性をはらんだ経験にほかならない。そして、その限りにおいて、1年や半年程度の留学(生)は、村人との間に決定的な差異(あるいは断絶)を持ちながら、村(人)へ接近すると同時にそれにはなれない/ならない観光(客)と本質的に共通しているのだ(※4)。

 

このようにいっても、おそらくこれを否定する交換留学生はいるだろう。彼ら/彼女らはおそらくこういうはずだ。自分の経験は観光客のように無責任で表面的なものではなく、もっと深くて、挑戦的で、「充実」したものなのだと。場合によっては、その具体的な体験がつぶさに語られるかもしれない。

 

むろん、ぼくもその経験そのものを否定するつもりは全くない。そうしたかけがえのない経験たちはきっと人生を豊かにしてくれるはずだ。

 

しかし、ここで最も強調すべきなのは、充実した経験や獲得した知見の深さを以てこのアナロジーを否定しようとするそのしぐさこそが、まさに交換留学(生)が観光(客)的であるという主張を強く裏付けてしまうというこのアイロニックな事実である。

 

前回の芝生に関するふざけた一風かわった文章でも取り上げた社会学者のマキャーネルは、いみじくも次のように述べている。

 

「観光客は、観光客が嫌いだ。神は死んだが、同僚よりも神聖にみられたいという人間の欲求は生きている。そして、同僚よりも秀でたいとする宗教的衝動は、マックス・ヴェーバーが見出した、労働のエートスにだけでなく、いくつかの余暇行為にも看取される。[……]観光についての観光的批判の奥底には、社会や文化のより深遠な理解について、他の「単なる」観光客を超えたいという願望がある。」(p10、強調筆者)(※5)

 

ここでは「社会や文化のより深遠な理解」だけが願望の射程に含まれているが、その願望が、より「充実した」観光的経験へも向けられていることは、たとえばむやみに「穴場」を求めたり、定番の観光地ではない、地元民しかいかないような場所(そこには飲み屋も含まれる)への観光体験に満足し、なおかつ誇らしげに語ってしまったりするぼくたちの精神的傾向を考慮すれば、容易に理解できる(しかしそれらの「穴場」は、観光客のまなざしにふれた途端、もはや無傷ではいられない)。

 

つまり「単なる」観光客よりも、より「充実した」経験をし、深い知見を獲得しようと試み、場合によってはそれを誇示しようとするのは、観光客のもっとも根源的な欲望の一つなのだ。

 

したがって、「単なる」留学生よりもさらに「充実した」経験を求め、やたらに誇示しようとする多くの留学生の欲望は、もっとも根源的な部分で観光客とつながっている。同様に、彼ら/彼女ら(むろん、ぼくも含まれる)が「充実した経験」を語るとき、その経験を織りなす対象へ向けられたまなざしは、「無責任で表面的な」観光客のそれとまったく変わらない。もう一度いうが、それを否定することには、おおかた自分の首を絞めること以外に何も効果がない。

 

観光客が「観光客らしくない」体験を求めるように、留学生は、つねにより「普通の留学生じゃできない」体験を求め誇示したがるが、結局どちらも村人=現地人にはなれない。そして、たとえ自分の努力や「充実度合い」を以てこのアナロジーを否定しようとしても、それは観光的経験のマウンティングとでもいうべき絶えざる欲望の連鎖を加速させ、かえって自身の観光(客)的たるゆえんを露呈するのみなのだ。交換留学(生)は観光(客)的だときいてムッとした人は、この厳然たる事実を前に慄然としなければならない。

 

さて、ここまでいってきたことは、端的にいえば、宙吊りの感覚と奇妙な両義性を本質として持つ交換留学(生)は、きわめて観光(客)に近似しているということだった。ぼくはもはや交換留学に関して、期間が1年なのか半年なのか、あるいは1か月なのかなどといったことに制度面以外の差異を見出す(さらには意識的/無意識に、そこに優劣を見出そうとたくらむ)ことになんら意味を感じない。留学生は、本質的に観光(客)的かそうでないかで分けられるべきなのだ。

 

そしてぼくは間違いなく観光客である。だから、村人といかにうまく関わるかを考えると同時に、観光(客)的な留学生として、(できればマウンティングの連鎖に陥ることなしに)いかに観光的に学ぶかを考えるべきだと思っている。観光客は普通、無責任で気まぐれで表面的である。だからぼくは、交換留学もまた、無責任で気まぐれで表面的であるべきだと考える。それは決して怠惰を意味しない(※6)。むしろ、村人=現地人(あるいは当事者)にはなれないという観光客の性質を意味している。

 

マキャーネルは、観光とは「社会の分化に対して執行される儀式」であり、「近代的全体性の超越を求める、ある種の集合的奮闘、近代性の不連続性を乗り越えようとする方法、近代性の断片を統一的な経験に取り込む方法」なのだといった(※7)。いま社会(たとえば「社会階級、ライフスタイル、人種的集団、エスニック・グループ、年齢層、政治・専門職集団」など)はおそろしく高度に細分化しており、絶えず複雑化しながら再編成されている。この状況についてあれこれ分析するのがぼくの目的ではないのでこれ以上なにもいわないが、マキャーネルがいったように、観光(客)はこうした分化や境界を超越する可能性をもっているともいえるだろう(※8)。

 

当然、だからといって「観光でみんな仲良く世界市民」みたいなことは微塵も思っていないが、いま非常に細分化した社会の枠組みを超えるものについて考える、あるいは枠組みを超えてものを考えるには、たとえ無責任で気まぐれで表面的だといわれようと、観光(客)的に境界を超えながら自分のなかでそれらを総合するほかない(少なくとも、それが最も主要な手段の1つではある)のではないだろうか。というのも、ここまで細分化してしまっては、あらゆるものごとに対して村人=現地人≒当事者でいるのは限りなく不可能に近いからだ。交換留学(生)が本質的に観光(客)的であるとするならば、その本質的な価値あるいは可能性もまた、この点にあるのではないだろうか。

 

観光的に学ぶこと。それは、留学に際してにわかに国家や社会的階級を代表しようときまじめになったりすることではない。むしろ、もっと気まぐれでフリッパントに振舞いながら、あちこちに引かれた境界線たちを無責任に飛び越えつつ、絶えず境界線を越えるものについて考えていくことなのだ。

 

 

※追記

では、観光(客)と交換留学(生)の違いはどこにあるのだろうか。あえていうならば、それは「学び」の有無にある。これはべつに狭義の勉強を表しているのではないし、観光(客)には学びがないという意味でもない。「学び」の有無とは、換言すれば、大学など何らかの教育/研究機関に所属しているかどうかということだ。

 

さらに即物的にいうと、たとえば北京大学の建物には、しばしば入口に観光客の立ち入りを禁止する張り紙や立て札が設置されているものがある(「遊客止歩」などと書かれている)。「学び」の有無とは、畢竟そこに入る資格があるか否かというその一点に尽きている。逆にいえば、ぼくは本質的にはその程度の違いしかないと思っている。しかし/だからこそ、単に観光に行くことと、観光的に「学ぶ」こととの間には画然とした相違が認められるべきだし、交換留学(生)の本質的な可能性をめぐる議論はこの差異を起点にしなければならない。

 

 

1:主に日中戦争をテーマにした一連のドラマのこと。内容は基本的に似たり寄ったりで、中国のとある集落に侵略してきた日本軍を現地の人民がやっつけるというものがおおく、だいたい常に放映されている。当然、みんながそれをみながら「日本人憎し」と日々怒りに震えているわけでもないし、ぼくの周りにいる若い人たちは、そもそもそうしたドラマを嫌っていたりさえする。基本的に、人々はネタとして消費しており、ときおりそれをベタに受け取ってしまう人がいる、という程度に認識しておくとよいと思う。

 

2:滞在中に友人宅で火鍋をごちそうになった。なるほど家族そろってお鍋などというと、たいへん「アットホーム」な感じがする。しかし別の日に、例のおじいさんが、この間友人の両親が火鍋の作りかたを自分に聞いてきたので教えてやったとぼくに誇らしげに語ってくれた。ぼくはそれを聞いてとても嬉しかったけど、一方でアットホームな瞬間とは、火鍋を囲むひとときにではなく、むしろ火鍋の作りかたを尋ねるその一幕にこそ存在したのだと感じた。

また、ある時には1泊2日の旅行へ連れて行ってもらった。出発前日にみんなで準備をしたが、その荷物はもともと家にあったものか、あるいは前もって買っておいたものだときいた。準備のための準備とは、たとえばこういうものを意味している。

 

3:厳密なタイミングはわからないが、友人から学生たちがそのシャツを着て入学式に臨んでいる写真を見せてもらったので、だいたい入学時かと思われる。

 

4:宙吊りの感覚についてもだいたい共通点が導き出せるだろうが、いまあまり適切な例がないことと、これ以上文章が長くなってもよくないので、ここではあえて取り上げない。

また、4年間在籍する学部の留学生は観光(客)的でないのか、という疑問があるかもしれないが、これに関しては、ぼくは学部の留学生じゃないので、よくわからないとしかいえない。ただ、制度上は村人である上、ぼくが知り合った学部の留学生はおおかた家庭環境や中等教育に関して中国的なバックグラウンドを持っており、そうした人々はあまり観光(客)的でないといってよいだろう。

 

5:マキャーネル 安村克己ら訳『ザ・ツーリスト』(学文社 2012年)

 

6:いまぼくが一番時間と労力を割いているのは間違いなく勉強だが、そんなことは留学の本質とは無関係なのでどうでもいい。「留学に来てめっちゃ勉強頑張った!こんなのはじめて!」などといってしまう人は、(たとえそうでなくても)日本でたいして勉強やってませんでしたと暴露してまわるようなものなので、そんな恥ずかしいことはあまりしない方がよいと思う。

 

7:マキャーネル(2012年)13頁。

 

8:この可能性を思想・哲学の文脈から照射しているのが思想家の東浩紀(『弱いつながり』、あるいはきたるべき『ゲンロン0 観光客の哲学』など)であり、あるいは「消費社会」、「アイデンティティ」などの概念から観光(客)の可能性を分析しているのが社会学者の須藤廣(『ツーリズムとポストモダン社会』など)である。個人的には、観光あるいはレジャーといったものに対する関心は、実践女子大教授で哲学者(?)の犬塚潤一郎の啓蒙による部分が大きい。