どらや記

どらやきはつぶあんが吉。

留学と責任、あるいは留学経験を語ることについて

 

留学を終えてもう一か月になる。帰国前はわりとゆったりしていたけど、いざ帰ってみると引っ越したり家具や日用品を集めたり区役所や大学事務所へいったりバイトを再開したりというのがいっぺんにやって来て、思っていたより慌ただしい。もちろん勉強もする。最近はやっと落ち着いてきて本を読む時間もちゃんと取れるようになってきたけど、そんなこんなで思いのほかばたばたしてしまった。夏休みの計画は早くも破綻しようとしている。

 

そんななか、先日大学の留学センターと学科の教授からそれぞれ留学の体験記を書いてくれという話がきた。拒否する理由もないので快諾したのだが、あとになってこれはわりと面倒なのではないかと考え始めるようになった。むろん、そういう話が来ることは前々から容易に想像できたので、この依頼自体になんら意外性も面倒さもない。問題はむしろ、留学の経験と、その経験をめぐる語り――厳密にいえば、経験をめぐって要請される語り――との間に本質的に大きな差異があることであり、その差異こそが面倒なのだ。

 

どういうことか。

 

ぼくはこれまで、留学中に「留学(生)とはなにか」という問いに関していくばくかの考察を行ってきた。たとえば昨年12月の「交換留学の本質」という文章では、交換留学(ここでは広く1年程度の留学と考えてもらっても構わない)の本質は、勉強や外国の人々との交流といったものではなく、また「視野が広がる」とか「深くものを考えるチャンス」になるといったことでもなく(もちろんそれらはすべて重要だが)、むしろ明確な「本質」を追求すればするほどそこに潜むある種の中途半端さへの自覚によって意気阻喪させられるという宙吊りの感覚であり(「ではなぜ1年/半年しか行かないのか?」という一言によってあらゆる「本質」は脱構築される)、同時に海外を志向しつつもやはり自国の拠点(≒大学)は捨てきれないというこの奇妙な両義性を生きることであるといった。

またこの宙吊りの感覚と奇妙な両義性に注目することで、1年程度の留学とはじつは、けっして4年間在籍する学部の留学生に、ましてや現地の学生にはなれない/ならないのだが、しかし/だからこそ留学へいくというある種のアイロニーを起点にもつ経験であるということがわかる(※1)。宙吊りであろうが両義的であろうが、留学そのものは非常によい経験だし、その経験自体が幸福に満ちていようが苦痛にまみれていようが、やはりその後の人生を豊かにしてくれるはずだ。

 

そして3月の「観光的に学ぶこと」では、いわば「『アットホーム』の入れ子構造」とでも呼ぶべき観光客の限界に関する考察から、じつは宙吊りで両義的な留学生はきわめて観光客的なのだという話をした(※2)。「アットホーム」の入れ子構造とは、要はぼくたちが旅先において「アットホーム」だと感じるあたたかなもてなしの裏にはつねに、現地人=「村人」同士の真にアットホームないとなみであるもてなしの準備があって、かりにそうした準備に参与したところで、その準備の裏にはさらに準備の準備の……準備が続くことになり、ぼくたちは観光客である限り根源的な準備には参与できないということを意味している。「観光的に学ぶこと」では単なる導入部分として語られていたが、ここではかりにこれを「アットホーム」の入れ子構造と呼んでおこう。

同記事でもいったとおり、ここで語られた観光(客)の限界はそのまま交換留学(生)にも当てはまる。観光客が決して現地人になれないように、交換留学生もまた学部の留学生や現地の学生にはなれない。そして観光がその限界を受け入れることから始まるように、留学もまたその限界を自覚することから始められなければならない。留学はけっして観光ではないが、しかしおどろくほどに観光的な経験である。ぼくは2つの文章を通じてこのような結論を出した。これが、留学の経験そのものの性質である。

 

では、留学をめぐって要請される語りとはなにか。

 

ネット上や大学の留学関係の資料に目を通したことのある人ならご存知のように、留学の体験記とは往々にして自分がなにに/いかに一生懸命取り組み、いかに実り多く、場合によってはいかに現地に「溶け込んだ」かなどが世にも眩しい筆致でつづられていくものであり、あたかも留学とはそうしたまじめで「充実」した「成長」の物語でしかないかのような錯覚を覚えさせるものである。そこに宙吊りの感覚や奇妙な両義性へのおそれや不安は微塵も存在しない。ましてや、自分たちのふるまいが、そして「新鮮なもの」を見つめるそのまなざしが、はたして街やキャンパス内を歩く観光客のそれとどう違うのか、そうした問いや不安など決して語られない。換言すれば、留学(生)は観光(客)的だが、それをめぐる語りはちっとも観光(客)的でないのだ(もちろん留学体験記以外の語りも存在するが、ここではいわゆる留学体験記の話をする、その理由は後述する)。

この点に関して、たとえばそうしたきまじめな語りをしてしまう留学生はみんな「交換留学の本質」に無自覚なのだ、彼らはみんな無邪気なのだといって批判してみせること自体はあまりに容易だ。事実、「交換留学の本質」を書いていたときのぼくはそう考えていたし、それは本文を読めば明らかである(※3)。

 

しかし、本当にそうだろうか。その批判はある程度は当てはまるかもしれない。だが、おそらく問題はそれほど単純ではない。というのも、そうした批判には、そもそも留学経験をめぐる観光(客)的な語りとはなにか、そしてそれはいかにして可能かという問いが完全に欠落しているからだ。この点を明らかにしない限り、ぼくたちは多くの留学体験に関する語りと同じように、きまじめで「意識の高い」語りを続けるか、あるいは「交換留学の本質」への不安におびえながら、ただただほかの留学生の語りを無邪気だと批判し続けることしかできなくなってしまうだろう。

 

ならば、観光(客)的な語りとはなにか。ぼくたちはすでに、なにが観光(客)的な語りでないか――厳密にいえば、ぼくたちがどのような語りを観光(客)的でないと呼ぶか――を知っている。それはすなわち、ぼくたちが「交換留学の本質」と呼ぶ、留学生に避けがたくまとわりついてくるある種の宙吊りの感覚や奇妙な両義性に、換言すれば自分がじつは観光客と非常に近似しているということに無自覚なままに、いかに「充実」していたか、いかに「現地に溶け込んだ」かなどが具体的な事例をもって語られる経験談のことだ。つまり、これは逆にいえば、ぼくたちは「交換留学の本質」に自覚的になることで観光(客)的な語りが可能になるということである(※4)。

 

とはいえ、本当にそうなのか。かりにそうだとしても、それだけでよいのか。留学生は、自分が観光客的だと自覚しさえすれば観光(客)的な語りができるようになるのだろうか。

 

たとえば、語りの題材についてはどうか。単純に題材についてのみ考えるならば、もっとも観光(客)的な語りが旅や観光についての紀行文であるのは間違いないだろう(※4)。紀行文とはたいてい国内なり国外なりの旅について、どこへ行き、なにを見聞きし、どんなものを食べ、どんな人と交わり、あるいはそれらについてどんな感想を抱いたかがつらつらと語られるものである。いささかくどくなってしまうが、ここではあえてこれを一般化し、どこかへ行き、そこでなにがしかの「新鮮なもの(ネタになるものと卑近に換言してもよい)」を見聞きし、経験したときに発せられる、そうした経験にまつわる語りのことを紀行文的=観光的な語りと呼ぶことにしよう。

紀行文的=観光的な語りはあくまで題材のみに関係する。つまり、題材が紀行文的でありさえすれば、語られるメディアが映像であろうとひとつながりの絵画であろうとテクストであろうとそれは紀行文的=観光的であり、またその語りが嫌味なほどに晦渋な表現方法を採っていても、その語りの紀行文性はいささかも失われない。また、これまで何度も取り上げてきた「交換留学の本質」「観光的に学ぶこと」といった文章たちは、経験を語るものというよりむしろ留学論であり、まったく紀行文的=観光的でないということになる。

 

そしてここで重要なのは、留学に関する語りもまた、往々にして紀行文的=観光的な語りの方法を取ってしまうことだ。留学の経験が語られるとき、たいていどの国・大学へ行き、どんなことをし(勉強、ボランティア、サークル、旅……)、どんな人と出会い、そしてそれらについてどんな感想を抱いたかが語られるものである。つまり、ぼくたちがしばしば観光(客)的ではないといって批判してきた、留学にまつわる「意識の高い」語りの数々は、素朴に題材にのみ注目した場合、じつはきわめて観光(客)的だったということがわかる。いや、逆にいえば、留学の経験を語ることについて、それ自体が観光的であるかないかを決めるのはその題材ではない、いい換えると――いささか語義矛盾の感があるが――たんに紀行文的=観光的であるだけでは観光(客)的な語りとはいえないのだ

 

いったん整理しよう。ぼくたちは、留学生が本質的に持つ宙吊りで両義的なある種のあいまいさが観光客にも見られることを確認し、それゆえに留学という経験は観光のそれに近いのだといった。一方で、観光的であるはずの留学の経験に関して語られる体験談は、得てしてそのあいまいで観光的な側面が切り捨てられがちである。ぼくはこれを語りが観光(客)的でないといって批判した。では観光(客)的な語りとはなにか、それは少なくとも語りの題材に関してみる限り明確に定めることができない。なぜなら、留学経験の語りは、たとえ自分が観光客的であることに無自覚なままであっても(つまりあいまいで観光(客)的な側面を切り捨てていても)、題材の次元において知らず知らずのうちに紀行文的=観光的になってしまうからだ。

 

語りの紀行文性=観光性は、メディアの形式や表現の方法とは無関係に存在する。それは、メディアや表現方法に関して、とりわけ観光的なものをこれと特定することがたいへん難しいことも意味している。にもかかわらず、ぼくが観光(客)的でないといっている留学経験の語りは往々にして紀行文的=観光的である。こうしてみると、ぼくが観光(客)的な語りであると呼ぶもののカギは、その題材でもメディアの形式でも表現方法でもなく、やはり「交換留学の本質」、つまり留学(生)の観光(客)的側面に自覚的であるかどうかにかかってくるということになる。そうであるならば、留学に関する観光(客)的な語りとは、ひとまずかりに、題材が紀行文的=観光的であるかないかに関わらず(たいていはそうなってしまうのだが)、そうした語りの中に自分が「交換留学の本質」に自覚的であることをにおわせることだということができる。

 

とはいえ問題は、はたしてそんな語りが可能なのかということだ。留学をしていた自分がじつは観光客的であることを自覚し、それをにおわせながら、しかもたんに「留学(生)は観光(客)的だ」と告発するだけに留まらないような――そこに終始すればもはや経験の語りではなくただの留学論になってしまう――留学の経験の語りが。

繰り返しになるが、ここで事をややこしくしているのは、この問題が基本的に語りの題材の次元とは無縁である(つまりどんな事例を語れば観光(客)的なのかという問いがそもそも成立しない)ということだ。考えてみれば当然のことだが、たとえ自分たちの経験が観光(客)的であると自覚したところで、その瞬間から留学先での経験自体が劇的に変化するわけではない。とつぜん外国語が上手になったりするわけでもないし、急に友達がたくさんできるようになるわけでもない。つまり、「交換留学の本質」を自覚しようがしまいが、結局経験そのものは変わりようがないのだ。題材の紀行文性=観光性が語りそのものの観光(客)性と無関係なのはこれが原因である。

 

題材の選択だけでは留学経験の語りが観光(客)的かそうでないかを分けることができない。この点を踏まえつつ観光(客)的な語りの可不可について考えるなら、おそらくここで問題は二つの場合に分かれることになる。すなわち語りの量(長さ・文字数)が大きく制限されているかそうでないかである。

 

冒頭でいったとおり、ぼくはいま大学の留学センターと学科の教授の二方面から体験記の執筆を要請されている。そして、どちらも文字数はせいぜい千字あまりである。文字数というと一見大して本質的な問題でないように感じるが、この強制された短さは思いのほか本質的に留学経験の語りそのものの性質に作用している。というのも、たったの千字という限られた字数にあっては、紀行文的=観光的に事実をいくつか羅列するか、あるいは留学(生)と観光(客)の類似を簡単に示しただけでかなり文字数を使ってしまうからだ。

つまり、千字程度という条件下で、たんなる紀行文的=観光的な事実およびその感想の羅列に留まらず、しかも留学論(留学の経験を具体例や註釈として使ってしまうようなそれ)になってしまわないようにそのあいだを行くこと、そのバランスを取りつつリーダブルな文章を書くのはじつに至難の業である。もちろん、それは貴様の技量が足りないだけだといわれればまったくなにもいい返せないが、とはいえそういう人は、ぼくも含めた世の中の留学生がみなそれほど――いや、あなたほど――文章に巧みでないこと、それゆえたんに技量の問題に還元するだけでは留学経験の語りの問題は解決しないことを認識したほうがいい。

 

一方で、留学経験が語られる場所が、たとえばぐだぐだと文章を書き続けられるブログであったり、だらだらと語り続けられる酒の席などであったりすれば、問題はそれほど複雑ではない。こういう場合、たいてい語り手と聞き手の技量と体力次第で観光(客)的な語りは成立するだろう。さきほど問題を二つの場合に分けたのはこういうことである。そしていうまでもなく、これら二つの場合の中でより重要で深刻なのは、前者である語りの量に大きく制限があるほうである。それは、ぼくたちの問題意識がそもそもちまたの留学体験記への批判から始まっていたことからも明らかだろう。

 

留学(生)は、考えれば考えるほどに観光(客)的である。しかし、ひとたびその経験を語ろうとすると、とたんにそうした観光(客)的なあいまいさが消去された紀行文的=観光的な「努力と成長」の物語になってしまう(念のため補足しておくと、ぼくは紀行文そのものを否定する気は全くないし、むしろ紀行文は好きなほうだ。ここでいっているのはむしろ、留学経験の語りが単なる事実と感想の羅列に終始することの危うさである)。かといって、観光(客)的なあいまいさそのものを明確に述べようとすれば、容易に留学論と化してしまい、経験の語りの形式を放棄しかねない。そして、そのどちらでもあって、なおかつどちらでもない観光(客)的な語りというたいへん難しい戦略を、しかも留学体験記という非常に分量の限られた場所で十全に成し遂げるのはさらに難しい。あまりいいたくはないが、限りなく不可能に近いと思う。

 

留学の経験は観光的だが、それを語ることばは得てして非‐観光的となってしまう。そこで語りそのものの観光性を追求すれば、今度はあまりに少ない分量が重くのしかかってくる。留学体験記という形式で留学の経験を語ること、ここには端的にいってアポリアがある。ぼくが冒頭で面倒だといったのはこのことだ。これを考慮すれば、ちまたの留学体験記が一見非‐観光(客)的であることを無条件に批判できなくなってくる。もしかすると、ほかの多くの留学生も観光(客)的な経験を非‐観光(客)的にしか語れないことに戸惑いを覚えていたのかもしれない。ではぼくたちはどうすればよいのか。

 

ここで一度発想を変えてみよう。この文章の註2でいったように(こういうやり方はあまり良くないと思うが)、ぼくが3月の「観光的に学ぶこと」という文章で「交換留学の本質」を観光客との類似で語ったのには、思想家の東浩紀が『弱いつながり』(幻冬舎、2014年)で提示した「村人と旅人のあいだを行き来する」生きかたとしての「観光客」の概念の影響を少なからず受けている。そこでは観光客は無責任で軽薄であるが、しかしその軽薄さ、無責任さにこそ可能性があると述べられている(同書52‐53ページ)。

ぼくはここまで幾度となく留学は観光に似ているといってきた。もっといえば、留学は観光の一形態であるといってもよいかもしれない。そうであるならば、観光客が無責任で軽薄であるように、宙吊りの感覚と奇妙な両義性を併せ持つ留学生もまた無責任で軽薄であるということができるのではないだろうか。

 

観光客が軽薄な足取りで国境を越え、普段なら見向きもしないような場所(たとえば美術館や博物館)にいってしまうように、留学生も軽薄な足取りで国境を越え、普段行きもしないような場所やイベントにいったりするだろう。いやそもそも、海外の大学での学びを希求しながらも結局日本の拠点(≒大学)を捨てきれない時点ですでに中途半端で軽薄この上ない。

そして観光客も留学生も、それぞれ訪問先や現地人と関わりを持ちながら、一方で現地人にはならずにそこを去ってしまう。著しく秩序を乱したりしない限り、大した責任など発生しない。観光客が無責任であるように、留学生も無責任である。

たとえばぼくたちは海外へ観光にいこうが留学にいこうが、訪問先でなんとか現地の人とコミュニケーションを取ろうと試みる。留学先だと授業や試験を受けたり議論をしたりもする。たとえそこでなんらかの失敗があったとしても、良くも悪くも相手はさほど気にしない。自分自身は勝手に焦り戸惑うだろうが、多くの現地人は結局さいごには「まあ(しょせん)外国人だから」とか「外国人なのにすごい」などといって適当に茶を濁してく(れ)るだろう。よっぽどストイックな人でない限り、相手にそういわれたら同じく「いやいやそんな、アハハ」などといって誤魔化してしまうはずだ。

 

観光客が軽薄で無責任なように、留学生もまた軽薄で無責任である(※5)。換言すれば、これまで留学(生)が観光(客)に似ているといって来たときの観光(客)性とは、「交換留学の本質」であるのと同様に、まさにこの軽薄さ、無責任さでもあった(もちろん、留学生が怠惰だといいたいわけではない)。

 

たしかに留学生は軽薄で無責任である。しかし、この断言には留保が必要だ。なぜなら、留学生とその責任をめぐる状況は留学中と帰国後で大きく変わってしまうからだ。ぼくは、さきほど現地人とのコミュニケーションの例を取りあげた。同様の経験をした留学生や観光客は決して少なくないと思う。しかし、観光客と違って、留学生はひとたび帰国してしまうと、たちまち周囲から「1年も留学に行っていたならきっと外国語がペラペラに違いない!」という視線を向けられ、なにかにつけてその国のことを尋ねられたりする。ぼくもまだ帰国して1か月しか経っていないけど、こういうことを経験したのは1度や2度ではない。

何度もいって来たとおり、留学生は観光客的である。しかし、それは留学中だけのことだ。留学生は帰国した瞬間から、あたかも自分たちがはじめからまったく観光客的ではなかったかのように、あたかも専門家(とはいわずとも少なからず詳しい人)であるかのように、周囲から責任を要請されてしまう。この違いは、象徴的にいえば、留学生が外国語でなにか失敗をしたとき、留学中は「まあ(しょせん)外国人だから」といわれることに対して、帰国後は多く「1年間も留学にいっていたのに…」という驚きを含んだ反応をされることが端的に表している。

 

さて、おそらく多くの人が勘づいているように、ここで留学生の責任の転換について言及したのは、ほかでもなくその転換が、留学の経験とその経験をめぐる語りの性質の差異と密接に関連しているからだ。ぼくたちはここであえてこのように大胆にいってみることもできる。つまり、留学の経験が観光的なのは、それがもっぱら留学中の、つまりまだ留学生が無責任だった時に得られるものだからであり、もう一方でその経験をめぐる語りが非‐観光的なのは、それを語る留学生がすでに帰国し、周囲から責任ある存在とみなされてしまっているからなのだ。そのうえ、その経験の語りが大学やその他諸機関から要請される留学体験記としてなされる場合、留学生は周囲から漠然と求められる義務や責任のほかに、先に留学した先輩として、後輩に対する責任が同時に発生することになる。帰ってきた先輩は、もはや観光客ではいられないのだ。(先輩‐後輩という語がどれくらいの鮮明さを持っているかは各人次第だが、いずれにせよぼくは先輩という立場の居心地の悪さがすこぶる嫌いである)。

 

ここでもう一度まとめておこう。何度もいって来たとおり、ぼくたちがもともと問題にしていた留学の経験と語りの差異とは、すなわち留学は観光的な経験だが、それをめぐって行われる語り(とりわけ留学体験記と呼ばれるもの)は軒並み観光的でないというものだった。またここで「観光的でない」というのは、題材やメディアや表現方法に関してではない(題材だけを見れば、紀行文的=観光的でない留学経験の語りを見つけるほうが難しい)。それはむしろ、留学をしていた自分が軽薄で無責任な存在であったこと、このことへの気づきがあるかどうかということだった。しかし、いわゆる留学体験記に関していえば、この点を自覚しつつ観光(客)的な語りを十全に展開するのはたいへん難しい。なぜなら、留学体験記にはたいへん厳しい字数制限があることに加え、それを書き・語るときには留学生がすでに軽薄で無責任な存在ではなくなってしまっているからだ。軽薄で無責任な経験を、まじめで責任ある存在として語らねばならないこと。留学経験を語ることの難しさはおそらくこの一文に尽きている。

 

ここまで「交換留学の本質」や観光(客)、責任などのことばを使いつつ留学経験に関する観光(客)的な語りとはなにか、あるいはそれはいかにして可能かということを考えてきた。しかし、上記の要約を見ても分かるとおり、それはたいへんあいまいで、なおかつ困難に満ちている。とてもじゃないが、これで満足に解答を提示できたとはいえないだろう。さきほど、留学体験記という形式で留学経験を語ることには越えがたいアポリアがあるといった。留学経験の語りの問題には、おそらく端的にこれといって明示できる解決方法はない。

それを踏まえつつも、ではどうすればよいかという問いに一定の解答を出すならば――少なからず不本意ではあるが――やはり帰国した留学生としての、さらには先輩としての責任を全うするしかないといわざるをえない。なぜなら、留学生は帰国した瞬間からもはや観光客的ではなく、現地人に対して責任を持つ「村人」と化してしまうからだ。

 

だから、ぼくはおそらく観光(客)的な経験をいたって非‐観光(客)的に語ることになるだろう。それはやむを得ないことだ。しかしそれでもなお、できるかぎりで、留学をしていたころの自分が宙吊りで両義的だったということを、軽薄で無責任な観光客だったというその記憶を切り捨てないようにしながら語らねばならない。なぜなら、それもまた、これまで3つの留学論(経験の語りではない)を書いてしまったぼくが果たすべき責任だからだ。

 

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1:1年程度の留学生が学部の留学生になれない/ならないからこそ留学にいくというこの発想は、おそらく学部の留学生と現地の学生(つまり北京大学なら中国人の、早稲田なら日本人の学生)との関係にも当てはまるだろう。つまり、学部の留学生は現地人にはなれないが、しかし/だからこそ正規の留学生として四年間在籍する(しかない)のだ。

 

2:ここで「観光客」という比喩を用いたのは、表面的には「観光的に学ぶこと」にもあるとおり、ぼくが山西省の太原へ観光し、そこの友人宅へお邪魔している際に「アットホーム」の入れ子構造に気づいたことに起因しているが、この後本文でも確認するとおり、おそらくはもっと深いところで思想家の東浩紀が『弱いつながり』(幻冬舎、2014年)で提唱した「村人と旅人のあいだを行き来する」(53頁)生きかたとしての「観光客」の概念の影響を強く受けている。「交換留学の本質」を書いていた時点では「観光」の概念をまだ念頭においておらず、それゆえにやや悲壮感漂う展開となっているが(留学は宙吊りで両義的な経験である、しかし、それでもなおわれわれはそれを自覚しながら生きてゆかねばならないのだ!)、これがいささかでも肯定的な議論となったなら、それは「観光」概念への気づきゆえである。なお、「観光客」に関していえば最近話題沸騰の『ゲンロン0』(ゲンロン、2016年)がたいへん重要だが、「観光的に学ぶこと」が書かれたときにはまだ出版されていなかったので、この註の文脈では取り上げない。

 

3:たとえば「だから、この宙吊りの感覚や奇妙な両義性に盲目を決め込んだまま、したり顔で語られる『意識高い』交換留学の『体験記』は、たとえどれだけ興味深くて『ためになった』としても、ぼくにとってはあまりにも無邪気に見えるし、それゆえにたまらなくつまらないのだ。」などと書いている。

 

4:必ずしも紀行的な語りがテクストの形式を取る必要はないが、ここでは便宜的に紀行文という。

 

5:とはいえ、留学生の中にはきまじめな人が多いので、留学生は無責任だといってもこれを否定する人がきっといることだろう。彼ら/彼女らはたとえばこういうはずだ。すなわち留学生は日本の代表なのであって、その限りで日本や日本人に対して責任があるのだと。実際に、ぼくは留学先で自分は日本の代表なのだとなんの躊躇もなくいう人を見てきたし、そういう人々はたいていこういうはずだ。

しかし、彼らは一方で外国(ことに自分が行った国)に関して、個別的な事例を過度に一般化して語る言説に対しては非常に敏感である。たとえば日本で中国人が犯罪をしたとき、ネット上では決まって「だから中国は…」という手の言説が噴出するが、そういうとき彼らはきっと「犯罪をした人だけが中国人ではない」とか「それに自分が中国で出会った人は……」などといってこれを批判するだろう。むろん海外に行かなくても分かることだが、留学などで海外にいくとむやみに主語を大きくして語ることにいささか敏感になってしまう。犯罪者や一部の非常識な人を挙げつつ、十把一絡げに外国(でなくてもなんらかの共同体)を語ってしまうことは批判されるべきだし、ぼくもそれにはまったく異存はない。

しかし、そうしたことを承知していながら、なぜ彼ら/彼女らは自分だけは日本を代表できると思うのだろうか。もちろん、異なる共同体に属する人と会うとき、自分の挙動がそのまま自分の属する共同体の印象を左右することがあるのは間違いない。しかし、そのことを自覚して身を慎むことと自分が国家を代表しうると思い込むこと、ましてや自分は日本や日本人に責任があるなどと思ってしまうことは全く別である。たった一人の犯罪者で国家そのものを判断できないように、たった一人の留学生なんかに国家は代表できない。それでもなお自分が日本の代表だと言い張るなら、それはもはや、たんなるナルシシズム以外のなにものでもない。