どらや記

どらやきはつぶあんが吉。

紅色

 

 赤色が中国の色ならば、豫園は中国の結晶の一と云へるかも知れぬ。此の一帯には兎角朱色の高殿が密集してゐる。雑貨屋が有る、小吃屋が有る、宝石屋が有る、皆外観は朱色や臙脂色をしてゐる。どの店からも常に人が流れ出て来る。此れを形容するに、熱鬧と云ふ語が尤も当て嵌る。中華の活力なんぞと云ふ者があるが、殊更に赤や金を好む彼等の性質も其の活力に起因してゐるのでは無いかと思ふ。白昼に臙脂の寺院を看て、夜半に紅艶の電飾を見れば、厭でも気焔を上げて了ふものである。豫園は、處處に上がる気焔が、且つ燃え且つ燻り乍ら凝り固まつて街になつたやうである。大楼郡の如き洗練は無いが、遥かに魅力的である。

 迷路のやうな商店街を抜けると、小さな池の前へ出た。曲がり角の多い橋の対岸には、白壁に囲まれた庭園があつた。

 庭園に入る。入口は小さく、二列で入るに堪えない。余はいきなり鉢植えの梅と遭遇した。枝は懇ろに整えられてゐる。餘り興感しなかつた。

 少しく開けた處に出た。小堂の前に大きな地図が立てゝある。だうやら順路があるらしい。随分と人情なものだと思つたが、略一本道だつた。地図の向かいには大きな石灰岩がある。余の背丈の二倍以上はある。太湖から拾つて来た石だから、太湖石と云ふさうだ。可なり武骨な形をしてゐる。鍾乳洞をさかしまにしたやうな、或ひは鼠に齧られたチイズのやうな形をしてゐる。だが此れは非常に好い。なぜと云つて、作為が無い。湖から出た石が其の儘芸術として完成してゐる。無為にして為さざる無しと云ふ訳だ。

 庭園は幾つかの小区画と、其れを繋ぐ小径とで構成されてゐる。

 或る一区画に出た。瀑布の注ぐ碧池に鯉が遊弋してゐる。小流に掛かる橋からは、梅に松、おまけに竹まで見える。詩情に駆られた。余は写生帖を取り出して傍らの榻に掛けた。まず浮かんだ句は情景の描写である。余は「橋畔横斜 竹梅」と走り書いた。竹の上の字は決まらなかつたが、幸いにも平仄が揃つてゐる。韻は上平声灰韻に決まつた。

 此れは上海に来てから常に気になつてゐたが、だうも日本と瓦が違う。余は瓦屋の倅である。碌に瓦の勉強はしてゐないが、瓦を看る癖位は持つてゐる。豫園の小堂に限らず上海の瓦は一枚一枚の隙間が大きい。そして此處の小堂の掛瓦[1]は日本の其れとは大きく異なる。上の部分が一枚の瓦で構成されてゐる。更に軒丸には一々「豫園」と書いてある。京の御所の塀に有る軒丸に菊紋が描かれてゐる様なものだらうか。個個の瓦の輪郭は凸凹してをり、苔が生えてゐる。修復も絶えて行われてゐないと見える。敢えてせざるのか否かは更に分からぬ事であるが、此れは此れで好いと思つた。兎にも角にも耐震強度を追求したがる日本では、まず見られない状態である。寧ろ、上海の瓦の方が遠観に好い。可なり雄大に見える。そんな事を考えてゐる内に「朱堂甍棟鬍如苔」と出来た。髯が苔のやうとするのは、詩聖が、鶴が双鬢のやうだと云つたのと一般である。

 鯉が泳いでゐる。鯉は不思議な生き物である。彼等は、自分達が人間共の眼を愉しましめる為に、濁つた池の中に侭未来在監禁されてゐると知らないのである。はつきり云つて、人間にとつて彼等は這裏に伸びる梅や松と全く変わらない。かと云つて、突然人間から登竜の願掛けを為されたりする。鯉からすれば、極めて迷惑な話である。京の建仁寺には随分と活きの好い鯉がゐて、ばちやばちやと跳ねる音が境内に響ゐたりするが、鯉の娯楽は恐らくばちやばちや跳ねる事と人間の気まぐれで時たま餌に当たる事位しか無い。彼等は梅を見た處で、恐らく一切興感しないだらう。当然俗挨も無ければ、いらぬ人情などもある筈が無い。さう思ふと、俄かに鯉が尊く見えて来た。余は韻書を捲り睚朁して、写生帖に「為誰遊弋碧池鯉、混水併呑枯木灰」と書いた。

 扨、問題は起句である。新竹梅、松竹梅、どれも好くない。橋畔横斜松竹梅など、我乍ら些か抱腹せざるを得ない。餘りに騒騒しくて雰囲気に合わぬ。朝に辞す白帝彩雲の間も、黄河遠く上る白雲の間も、共に古今の絶唱の一部だが、試みに此れを朝辞白帝「白雲」間と黄河遠上「彩雲」間としてみると好い。万世の名句も忽ちぶち壊しである。少し考えて、苔に合わせて老竹梅とする事とした。斯くて七絶が出来た。

 

 橋畔横斜老竹梅

 朱堂甍棟鬍如苔

 為誰遊弋碧池鯉

 混水併呑枯木灰

 

似た様な庭園を幾つか過ぎた頃である。此れ迄とは一風変わつた一間に出た。山水が無い。否、例に因つて整えられた鉢植えの梅が列在してゐる。しかし、白い広間は朱色の建築に囲繞されてゐる。一際立派な建物の前に立つ。二本ある柱には、それぞれ「天憎歳月人憎壽」と「雪想衣裳花想客」と書いてゐる。一見して平仄は揃つていさうだが、仄韻である。年年歳歳の対句に近いものを感じる。余はふと「海作桑田風作雨」と続けてみた。しかし、その後の着地点が絶えて見つからなかつたので、其處でやめにした。

句が浮かばずに悶悶としてゐると、覚えず庭園の出口に来て了つた。外は矢張り騒然としてゐる。

 電話が鳴つた。上海に住む老師からであつた。折角、上海に来てゐるのだから少し会はう、雑技でも見ないかと云ふのである。此れまた唐突なとは思つたが、特に用も無いので行く事にした。

 

  二

 

 馬戯場と云ふ駅で鉄道を降りて、余は老師を探した。老師は改札の直ぐ近くにゐた。二三挨拶をする。一年振りに会つた老師は、大して変わつてゐなかつた。只、白い髯が随分と増えた。

 馬戯場の外観は、丁度後楽園にある球場にそつくりだつた。白く渺茫たる石級を上りつゝ、老師と物語する。馬戯場の入り口附近には物売りが数多気炎を揚げて東西を鬻いでゐる。声を上げて栞や草草の雑貨を売る者がゐる。光る腕輪を余の前でちらつかせる男がゐる。肌が浅黒く恰幅の好い男が、熊猫の被り物を被つて何やらきらきら光る棒を売つてゐる。熊猫の帽子は、人を選ぶ物だと思つた。

じろじろと物売りを凝視してゐると、場内から服務員が出て来た。だうやら可なり業腹の様子である。何でも、開演が間も無いから急いで入つてくれとの事である。服務員が斯くも怒鳴つて来る辺り、矢張り日本では無いのだと思ふ。

舞台を扇形に囲繞する様に客席は有つた。場内は可なり暗い。コロツセウムを少し想起した。

場内はざわざわと喧聒である。余等は舞台に向かつて右側の一角に坐した。舞台からは近い。間も無く三弦の音が響いた。忽ち客席は静かになつた。

 舞台上の男に照明が当たる。男は危座して、白い壺を抱えてゐる。すると突然、男の前に白い衣装の女が現れた。否、現れたのではない。彼女はずつと舞台上にゐたのであるが、照明に因つて影中に全く隠匿されてゐたのである。彼女は何やら極めて小さい足場の上で身体をくねらせてゐる。亦逆立ちをしてゐる。余は瞠目して、さかしまに立つ彼女の足先を凝視した。

 ――足先が小刻みに震えてゐる。涼しげな顔で離芸を為す彼女の身体には、観衆にをさをさ分からない處で、切れかけの綿糸のやうに張り詰めた緊張が走つてゐる。崩壊と秩序との臨界が、辛うじて絶妙な調和を保つてゐるのだ。

 等と云つてみたかつた。しかし何だ、彼女の足先は全く震えてゐないでは無いか。脚が緊緊して手が張張すると云ふ事が絶えて見て取れぬのである。長吁を洩らすより他無かつた。全く家常の茶飯に一般なのである。彼等の為には、逆立ちの一つなど、余等が褥に横たわつて書を紐解くよりも容易なのであらう。此の時余は、彼らに対して幾許かの既視感を覚えた。以前雑技の類を見たと云ふ訳では無い。一寸前に、此れに似た何かを見た様な気がするのである。然し、だうにも分からなかつた。

 続いて出て来たのは自転車に乗つた少女達である。自転車の椅子に跳び乗つてみたり、ハンドルに跳び乗つてみたり、他の自転車に跳び乗つてみたり、矢張り逆立ちをしたりなどする。躊躇いが無い。研鑚を以て家常と為すとは、将に此の事である。

 自転車の少女達が引いた後、船が靄の中から現れた。中には漁夫風の青年と、其れから若い女がゐる。男は丸太を転がして其の上に長方形の板を載せ、自らは板の上に跳び乗つた。少し許り平衡を崩してみせたのは戯れであらう。夫れ均衡は、保つより破点を復する方が遥かに難しい物である。

 男が平衡を取り戻すや否や、女は徐に白い椀を取り出した。男は其れを板の端に載せ、自分は反対側の端に立つた。無論板の下には丸太が絶えず転がつてゐる。少し均衡を保つてゐた後、男は突然シイソオの要領でエイヤツと許りに椀を跳ね上げて、頭の上に載せて了つたでは無いか。

 板の上にゐるだけでも険呑なのに、見上げたものだと感心してゐる内に、二つ三つ次次に重なつて徃く。其の内二枚一度に載せ、三枚になり、たうたう四枚同時に載せて了つた。男の頭上に重なる椀の山は最早顔の長を超えてゐる。椀を跳ね上げる時、彼の意識は森羅を排して只眼前の白椀にのみ注がれてゐるやうである。其れでゐて、矢張り随分と容易さうにやつてのける。彼の様に、研鑚を以て志を用いて分けざる事ができたならば、斯かる神業さへも自然に出来て了ふのでは無いだらうか。

 斯く考えてゐた時、余は既視感の正体を突き止めた。

 鯉である。雑技団の者は、猶豫園の鯉が池水を泳ぐ様に自然に曲芸を為す。其處に滲血の修練が有らうが無からうが、どちらも自然の境地に身を置いてゐる点で全く一般である。更に云ふなら、雑技と鯉との違いは、観る者――云ふなれば万物を万物と見る余等凡人が、其の働きを賞賛するか否かにしか無い。然し、万物を一と見れば、どちらも同様に尊い自然の営みである。

 何も余は、雑技に辟易した訳でも無く、彼等を貶めたい訳でも無い。無論非道く興感した。然し、其れと鯉との間にに優劣は無い。有為を以て自然に達する雑技が尊いならば、無為を以て自然に達する鯉の遊弋も同様に尊いものではないだらうか。

 此處迄考えると、余は同じ様に雑技を見る事が出来なくなつた。先程から、老師は余の隣で瞠目して手を打ち続けてゐる。感ずるのは大いに分かるが、豫園の鯉に対しても同様に瞠目して手を打つかと云へば、彼のみならず万に一人も是とは云はないだらう。寧ろ、さうされては喧しくて堪らぬ。普通、鯉と雑技とは繋がらぬ物である。然し、だう云ふ訳か余の中で此の両者が繋がつて了つたものだから、だうも余は池の鯉を見る様にしか雑技を見られなくなつて了つたのである。

 

 雑技が果てた後、余等は馬戯場を出た。すつかり夜も闌である。入口には不相変物売り達がゐる。熊猫の帽子の壮士も矢張りゐる。大方小説では、夜の闇は黒洞洞たるものと昔から相場が決まつてゐる。然し上海の夜は赤い。提灯も大楼の電飾も皆赤である。老師の白い髯も赤く染まつてゐる。

 ふと、鯉を思つた。我乍ら少しやり過ぎだと思つた。くさみが出た。

 

 

 追記:「雪想衣裳花想客」は、李白の「清平調詞 一」の起句からの引用であると思われます(然し、原作は句末に上平声冬韻の「容」を置いています)。従って、件の二句が何らかの作品の一部である、或いは装飾の為に特別に作られた対句である可能性は低そうです。

 

 

[1] 屋根の頂上の部分を為す瓦。