暁命堂雑記

ときどき書きます。

2020-01-01から1年間の記事一覧

井筒俊彦と牟宗三を比較する 第1回 導入(1)

これからしばらくのあいだ、このブログ上で何度かにわけて、日本の井筒俊彦(1914-1993)と中国の牟宗三(1909-1995)という20世紀のふたりの哲学者にかんするはなしをしていきたいと思う。 井筒俊彦の名前を聞いたことがあるひとは少なくないだろう。『コー…

【发言稿】井筒俊彦与牟宗三_导言

之前在研究室里做了简单的发言,题目是“井筒俊彦与牟宗三”。由于发言时间的关系,我只能介绍基础性的信息以及自己想探讨的关键问题。下面所发表的是此时所用的发言稿。 ■ 作为硕士论文的主题,我打算对中国的牟宗三和日本的井筒俊彦这两位20世纪的哲学家进行…

ひとの目を気にしないで生きるために

※もしあなたがこの題にまつわるなんらかの教訓や有効な手段を求めるならば、ただちにこのページを消し去らねばならない。いますぐにだ。そして可能であるならば、いつもブラウザの閲覧履歴を消すような仕方で、この雑文にたどり着く数分前からの記憶を抹消す…

【試論】再考“文”與“風土性”

去年我花了大量的时间对中国传统的“文”的概念的现代性转化的可能性进行考察,结果我发现自己在追求的问题实在太大了,用几年的时光根本不会得到一定的“成果”。于是我暂时放弃了这个研究,最后去年12月在一个与台湾大学的工作坊里关于这个话题做了一次发言(…

真夏の猫

※「〳〵」はくりかえし記号 昧爽既に山ぎはは真白、人の起きたるを待たで鳴きたる蟬の喧囂、高潔聡明の云はれも最早今は昔ぞかし。唐土が騒人處士の、かれを以て賢に見立てたるは、まこと暑さにお頭の厶りしゆゑならむと扇しならせ一人合點。絶へず枕の浮き…